なぜAmazonは売り上げの半分以上を“書店にない本”で稼ぐことができるのか – サイバーリテラシー・プリンシプル(21)ちりもつもれば山となる – BLOGOS

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サイバーリテラシー研究所(代表 矢野直明)=文

パレートの法則とロングテール

インターネット普及前の商店のあり方を思い出してみよう。これは現在のふつうの商店にも当てはまるけれど、たとえば、書店でも衣料品店でも、店頭にはたいてい多くの人が気に入るような人気商品が並んでいる。その理由は、店のスペースには限りがあるということと、客はたいてい近くの住人だからである。地元商店街ならまさにその地域に住む人びとであり、都心の大型店でも、関東圏、関西圏など規模が広がるけれど、地理的制約が働いていることは同じである。

だからこそ店は限られた店のスペースに一般受けする商品を並べ、個性的な商品はあるとしても、店の隅に置かれることになる。もちろん特殊な商品をそろえた専門店もあるわけだが、それぞれの分野で人気の商品を並べるという基本構造は変わらない。

だから「その店の売れ筋商品の2割で売り上げ全体の8割を占める」といった「パレートの法則」が成立する。オンラインショッピング黎明期にワイアード編集長、クリス・アンダーソンが書いたことだが、アメリカにはインド人が推定で170万人住んでいる。インドの映画産業は毎年800点を超える長編映画を製作しているが、それらの映画はほとんどアメリカでは上映されない。なぜか。映画館の客は周辺住民だけであり、そこでヒットするためには、みんなに喜ばれるハリウッド大作である必要があったからである。「地理的にばらばらと分散した観客は、いないも同じになってしまう」。これがベストセラーを生み出す構造だった。

インターネットの普及でオンラインショッピングが活発になるにつれて、こういう商売の方式そのものががらりと変わった。アマゾンを考えればわかりやすいが、オンラインショッピングでは店のスペースを考える必要がないから、品ぞろえは豊富だし、顧客も地理的制約を離れてグローバルにやってくるから、売れ筋商品だけをそろえる必要がない。むしろあらゆる商品をそろえておけば、だれかしらがそれを買ってくれる。大事なのは配送システムになる。

ネットが「個をあぶりだす」理由

アンダーソンは「アマゾンは全売り上げの半分以上をリアル書店が在庫を持たない本から上げている」ことに注目し、売れ筋ではない商品がけっこうな売り上げに結びつく現象を「ロングテール(「the Long Tail」、恐竜の長いしっぽ)」と呼んだ。インド映画のオンライン販売になると、170万人は顕在化するということである(アンダーソンは後に「半分以上」を「約3分の1」に訂正した)。

この一人ひとりが顕在化することこそがインターネットの力である。インターネットはまさに「個をあぶり出す」。これを広告ビジネスの変化で見てみよう。電通などの大手広告会社は自動車産業、電器企業、建設産業、アパレル企業など、それこそ大企業を顧客にして、新聞やテレビなどのマスメディアに広告を出すことで商売してきた。メディアの方も、たとえば新聞はさまざまな情報をパッケージ化して提供して大発行部数を維持、その多くの読者に向けて広告することで膨大な広告費を稼いできた。

現在の広告の雄はグーグルであり、その収入源はクリック連動型広告である。顧客には大企業もいるとは言え、数の上で多いのは中小企業や個人である。1件ごとの広告費は少ないが、それが積み重なってグーグルを世界有数の広告会社にした。まさに「ちりも積もれば山となる」。フェイスブックも、ツイッターも同じで、彼らはロングテールで商売している。これがインターネットの基本構造である。

だからこそ、インターネットでは「個の力」こそが威力を発揮する。しかしこの「個の力」は、現在のところ、IT企業が主導するビジネスの客体としてしか機能していないように思われる。もっとも本のレビューとかレストランや商品のクチコミのように、ユーザー側の反応が企業や他の顧客に影響を与えている面もあるが、基本的には、ユーザーはインターネットの便益を享受しているようで、実際は、効率的な広告を配信するために利用されている側面の方が強い。

「個の力」をどう生かすか

サイバーリテラシー・プリンシプル(16)(http://president.jp/articles/-/14285)でふれた「インターネットは善意も悪意も増幅する」というのも数の力のためだが、これも使い方としてはネガティブである。しかも、これを逆にたどれば、大きな力の源が個人一人ひとりに還元され、犯罪の責任を追及しようとしても、まるでラッキョの皮を剥くように芯に到達するのは難しく、かえって責任が蒸発してしまう。ここでも個の力はマイナス方向に働く。

「個の力」をもっとプラスに働かせることはできないだろうか。いろんな試行錯誤が行われていると思うが、まだ成果はよく見えない。たとえば政治の分野である。昨年の衆議院議員総選挙では投票率が戦後最低の53%だった。半数近くの人びとが投票に行かなかったわけだが、それは選挙へのインターネット導入が遅れているからとは言えないだろう。人びとは自ら選択すべきことがらについて、その力を生かしていない。

多くの人がインターネットを通じて投票するようになったとき、「個の力」はどのように働き、それがどういう政治を実現させるのか。こういった未知の問題も含めて、インターネット時代の「個の力」のありようを考えるべきときである。






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