トランプの”リーン”選挙運動 – 海野素央 (明治大学教授、心理学博士) – BLOGOS

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 今回のテーマは、「トランプのリーン選挙運動」です。英語の「リーン」には「ムダのない」という意味があります。製造業におけるリーン生産方式とは、製造工程で徹底的にムダを省きコストを減らす生産管理手法です。人間に喩えますと、贅肉がついていない状態です。事実上の共和党候補となった不動産王ドナルド・トランプ候補は、自身の選挙運動はムダがなかったと主張しました。

 本稿では、まず共和党候補指名争いでみせたトランプ候補のリーン選挙運動について説明し、次に同候補とコーリー・ルワンドウスキ元選対本部長が展開した従来型でない革新的な運動について分析します。そのうえで、トランプ陣営が犯した戦略ミスを指摘します。


トランプ氏が被る野球帽(筆者撮影)

トランプ候補のリーン選挙運動とは

 訪問先のスコットランドで行った記者会見で、トランプ候補は共和党候補指名争いを振り返り、トランプ陣営がムダのない選挙運動、即ち、「リーン選挙運動」で勝利を収めた点を強調しました。少ないスタッフ及び支出で指名争いを勝ち抜くことができたのです。同候補によれば、指名争いで費やした金額は合計で5500万ドル(約56億5000万円)でした。ちなみに、米メディアによりますと、予備選挙の途中で撤退したジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事は、1億5000万ドル(約154億円)を集め、そのうち1億2000万ドル(約123億円)を使ったと言われています。リーン選挙運動は、コストを削減しながら最大の効果を得ようとする、まさに経営者の発想なのです。同候補は、有権者はムダのない選挙運動で勝てる候補を大統領に望んでいると語り、トランプ陣営の効率の良い運動と「小さな政府」を重ね合わせてメッセージを国外から発信したのです。

 共和党候補指名争いにおけるトランプ陣営の選挙運動はムダを排除した効率的な運動であり、従来型のそれとは異なっていました。では、従来型と非従来型の選挙運動はどのような点が相違しているのでしょうか。以下で述べていきましょう。

非従来型VS.従来型選挙運動

 トランプ陣営の非従来型選挙運動について説明します。まず、従来型の選挙運動では、候補者はテレビ広告といった空中戦に多額の選挙資金を投入します。ところが、トランプ候補はタダでテレビやラジオ番組に出演し、そこで時間をかけて自身が設定した「国境の壁」やイスラム教徒の米入国全面禁止などのアジェンダ(議題)を正当化する戦略をとりました。その結果、テレビ広告費用のコスト削減が可能になったのです。


反トランプの看板(筆者撮影@ワシントン)

 次に、トランプ候補は他の候補者よりもグッズに選挙資金を投入し、ブランド化を図ったのです。2015年、トランプ陣営は野球帽、Tシャツ及びバッジなどに約100万ドル(約1億270万円)を投入しました。これも経営者のアイデアであり、非従来型の選挙運動の1つです。

 トランプ候補は、陣営のスローガンである「アメリカを再び偉大な国に取り戻す」が刺繍された野球帽を自ら被って集会に登場します。ある集会では、用意してあった野球帽を舞台から支持者に向かって投げ、彼らを活気づけたのです。グッズに投資をする選挙戦略は的中し、今やトランプ支持者は陣営の野球帽にアイデンティティを持っています。戸別訪問の際、筆者はクリントン陣営の帽子を被っていますが、選対の中や集会でクリントン陣営の運動員や支持者が被っているのを殆ど見かけません。勿論、クリントン候補も陣営の野球帽を被っていません。

 さらに、トランプ陣営は世論調査員を採用しませんでした。従来型の選挙運動では、各陣営は世論調査員を雇い、メディアとは別に独自のデータ収集を行います。世論調査員は、特定の有権者を集めてグループで自由に意見を出してもらい情報を収集するフォーカスグループを使い、候補者が発信するメッセージを彼らがどのように受け止めるかのテストなどを行います。トランプ候補は、メディアが世論調査を実施してくれるのだから、陣営には世論調査員は必要ないと主張しているのです。これらに加えて、同候補の政治的考慮をしない予想不可能な言動並びにプロンプターを使用しない演説も非従来型の選挙運動と言えるでしょう。


クリントン候補とトランプ候補のパンフレット(筆者撮影@カリフォルニア州サンフランシスコ)

 上で紹介した非従来型の選挙運動を展開したのは、ルワンドウスキ元選対本部長です。トランプ候補は、そのルワンドウスキ氏を突然解雇し、伝統的で従来型のポール・マナフォート政治コンサルタントに本選を任せました。確かに、同候補の政策を修正し現実路線をとるという側面においては、マナフォート氏の選択は正解であるかもしれません。しかし、クリントン陣営は革新的で非従来型の選挙運動に慣れていないのも事実です。


クリントン陣営のロゴが入ったクリントン候補のトランプ(筆者撮影@カリフォルニア州サンフランシスコクリントン選対)

トランプ陣営の戦略ミス

 トランプ候補は、5月3日の中西部インディアナ州での共和党予備選挙に勝ち、テッド・クルーズ上院議員(共和党・テキサス州)及びジョン・ケーシックオハイオ州知事を撤退に追い込み、その時点で事実上の共和党候補になりました。それにもかかわらず、同候補は共和党候補指名争いにおいて歴史的な得票数を目指すと語り、6月7日のカリフォルニア州予備選挙に時間とエネルギーを費やしたのです。結局、同候補は1400万票を獲得し、歴代の共和党候補の得票数を超えることができたのです。同候補は指名争いが終了すると、すかさず共和党の「征服者」であるというメッセージを発信し、力で党内の統一を図ろうとしましたが、思惑通りにはいきませんでした。

 一方、クリントン候補は、インディアナ州予備選挙からカリフォルニア州予備選挙までの5週間、トランプ候補とバーニー・サンダース上院議員(無所属・バーモント州)の2人を相手に二正面作戦を強いられていました。クリントン陣営の視点に立てば、その間、トランプ候補が先手を打って激戦州オハイオ州及びペンシルべニア州で本選に向けた戦いを開始しなかった点が救いでした。同候補は、5週間のアドバンテージを活かせなかったのです。その結果、本選におけるスタートダッシュの機会を失ったのです。

 クリントン候補が民主党の事実上の候補となると、クリントン陣営と同候補を応援する政治団体は、早速、8つの激戦州(オハイオ州、フロリダ州、ネバダ州、コロラド州、バージニア州、ノースカロライナ州、アイオワ州、ニューハンプシャー州)でテレビ広告を打ちました。6月のみでそれらの州でなんと2300万ドル(約23億6000万円)の選挙資金を投入したのです。民主党候補指名争いでモタモタしていたクリントン候補は、逆にエンジンを全開して激戦州でトランプ候補に対して先手を打ち、優位に立つことができました。

2人のトランプ

 現在、有権者は「2人のトランプ」を見ています。外交や通商政策など極めて重要な演説においてプロンプターを使用し、コントロールされたメッセージを発信するトランプ候補です。もう1人は、一般の集会でプロンプターを使わずに自由に自分らしく振舞うトランプ候補です。前者はマナフォート氏の影響を受けた従来型であり、後者はルワンドウスキ氏が理想とした非従来型です。筆者は、この二刀流が本選で果たしてどの程度効果をあげることができるのかに注目しています。






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