「格納庫って何ですか?」から始まった 特集・ピーチ社員から見た就航5周年(1)ブランドマネジメント・中西理恵の場合 – Aviation Wire

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 「プロ集団じゃないと、LCCは成立しない」。3月1日に就航5周年を迎えたピーチ・アビエーション(APJ/MM)の井上慎一CEO(最高経営責任者)は、これまでの5年間を振り返り、こう話した。

 国内初のLCCとなったピーチが就航したのは、2012年3月1日。まだ閑古鳥が鳴いていた関西空港から、札幌行きMM101便が午前7時17分に出発した。当時は関西-札幌線と福岡線の2路線、機材は1クラス180席のエアバスA320型機が3機だったが、現在では国内線14路線と国際線13路線の計27路線を、18機のA320で運航するまでになった。

 就航5周年を目前に控えた2月24日には、株主であるANAホールディングス(ANAHD、9202)が4月10日付で連結子会社化すると発表。ANAHDの片野坂真哉社長とピーチの井上CEOは、これまでのピーチの発展は、社員の独創性にあると異口同音に評価した。井上CEOは、この5年間のピーチを「とんがってきて生き様」と表現する。

 2008年、ANAの山元峯生社長(当時、故人)がANA本体では出来ないことを実現するため、アジア戦略室長だった井上CEOにLCC設立を命じたことが、ピーチの原点。従来の枠にとらわれない航空会社には、異業種からも多くの社員が転じ、国内初のLCCを誕生させた。そして現在、社員数約900人の規模に育ってきた。

 本特集では、就航当時からピーチに在籍するさまざまな職種の社員に、入社に至ったきっかけや、5年間の仕事を振り返ってもらう。

桃をかたどった“ピーチポーズ”を取る中西さん。「この機体デザインでなかったら、見知らぬお客様同士が会話する機内になっていなかったかも」=17年2月28日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 第1回目は、コーポレートコミュニケーション部ブランドマネジメントグループのブランドマネジメント課長、中西理恵。社外に対するブランド発信だけではなく、就航当時を知らない社員も増えた社内でのブランディング、価値観の共有といった、「インナーブランディング」も彼女の仕事だ。

 彼女はなぜ、飛行機が飛ぶ前の航空会社を選んだのだろうか。(文中敬称略)

—記事の概要—
当たり前のことが、当たり前ではない時が来た
「格納庫って何ですか?」からスタート
「そんなことも知らんのか!」
概念にとらわれないブランディング
見知らぬ乗客同士が話す機内

当たり前のことが、当たり前ではない時が来た

 「ピーチという会社も、関西に航空会社が立ち上がることも、知らなかったんですよ」。大手広告代理店で、雑誌を担当していた中西は大阪出身。5年ほど勤めたこともあり、大阪へ帰ろうかと考えていた時に、ピーチの求人をネットで見つけた。

ピーチのロゴが描かれたバナーが並ぶ就航当日の関西空港。ピーチの便が出発後のエアロプラザ周辺は閑散としていた=12年3月1日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 最初は広告代理店に関連した仕事を探したが、関西圏ではなかなか思うようなものが見つからない。「会社のトップページには、ピーチのロゴと機体のデザインくらいしかなかったですね」と話す中西が転職活動をしていたのは、2011年の夏。5月24日にブランドが発表されて、しばらく経ったころだ。

 そしてこの年の10月に入社し、広報業務に就いた。このころの社員は80人程度。社内の体制も整っていなかった。

 「当たり前のことが、当たり前ではない時が来たんですよ。ボールペンも封筒もない。トイレの電気も自動で点かないし、掃除もせなあかんと。でも、家やったら当たり前のことで、電気を点けたら消すし、掃除もする。ボールペンも、家で余っているものがありますし」と、新卒で入社した何もかもが揃った広告代理店からの変化に戸惑いつつも、徐々に価値観が変わっていく。

 「衝撃的でしたよ。井上さんはすぐそこにいるし、席もフリーアドレス。以前の会社は、自分の席がある普通のオフィスでした」と、働く環境も大きく変化した。「前の職場はイントラが整備されていて、申請もシステムで出来たのが、当時のピーチはほとんど紙で出してましたね。今はシステムでやってますが」と、就航前は社内用システムも整っておらず、書類を紙でやり取りして仕事を進めていた。

「格納庫って何ですか?」からスタート

 2012年3月の就航まで約半年。10月に入社したばかりの中西にも、責任の重い仕事が降りかかってくる。

関空で出発を待つピーチ初便の札幌行きMM101便。中西さんがお披露目式典を担当した初号機で運航した=12年3月1日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 ピーチはA320の初号機(登録番号JA801P)を、11月4日に仏トゥールーズで受領。10日には関空に機体が到着し、報道関係者に公開された。国内初のLCCが飛ばす機体として注目度も高く、多くの報道陣が詰めかけた。このお披露目イベントを担当する部署は広報だが、社員は中西と上司の2人しかいない。

 広告代理店にいた中西は、広報の実務を経験したことがなかった。広告と広報は似て非なるもの。広告は自社が発信したいことを発信することから始まるが、広報はそれをメディアに正しく理解し、報じてもらわなければならない。

 入社1カ月目で航空会社の全容を把握しきれていなかった中西は、「格納庫って何ですか、そこまでメディアの皆様をどうお連れするんですか、というところからのスタートでした」と振り返る。

 「航空会社からピーチに来た人も、機体のお披露目なんて誰もやったことがない。そんなん知るか、と。それだけ社内に余裕がありませんでした。なんでも自分で考えろと(笑)」。忙殺されていたこともあり、初号機が到着したころのことは、ほとんど覚えていないという。

「そんなことも知らんのか!」

 そして就航当日。中西は初便MM101便に乗り、搭乗取材するメディアの応対を担当した。「国内初のLCCとあって、機内食をお客様が購入するところを多くのメディアが撮っていました。通路が1本なので、機内販売のカートが前に進むように応対していました。お客様もずっと写真を撮ってましたね」と機内の様子を話す。

ピーチ初便となった関空を出発する札幌行きMM101便。中西さんは搭乗取材するメディアの応対を担当した=12年3月1日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 「いろいろあったので初便が離陸して泣くかな、と思ったのですが、泣く暇もありませんでした」と笑う中西は、MM101便の取材対応後、今度は折り返しの新千歳発便で北海道のメディア対応をし、さらに3便目で再び関空から新千歳に飛んで就航初日を終えた。

 「“やった感”とか、一息つく暇もなかったですね。ずっとバタバタしていて、いつの間にか3月1日の就航を迎えていました。これが終わったら楽が出来る、とみんなで言ってましたが、次々と新路線が就航してそうもいかず、1周年くらいまではホッとすることもできませんでした」と、あっという間に終わっていた1年間だった。

 国内初のLCCとして、良くも悪くも注目されたピーチの就航。「すごく大変でしたけど、二度とできない経験でした」と満足げだ。しかし、就航後には何かとトラブルも起きる。機体の故障など、遅延や欠航が生じた際、広報の中西は現場から情報を集めなければならない。

 「お前、そんなことも知らんのか!」。中西は「就航から1年間、現場の人からはずっと怒られてました」と振り返る。

 「空港の3レターコード(記者注:新千歳空港であればCTSなど)も知らずに入ってきたのと、当時は社内に研修制度もありませんでした。さすがにKIX(関空の3レターコード)はわかりましたが、CTSと言われても空港のことなのかすら、わかりませんでした」と話し、日々起きることから航空に関する知識を得ていった。

 こうした報道対応のほか、企業としてピーチが取材された際は、中西自らテレビに出演。「テーブルやイスは、ネットオークションを使って揃えました」と、社内のあらゆるところでコストを抑えている点をアピールした。

概念にとらわれないブランディング

 入社4年目の2015年4月1日からは広報を離れ、現在の仕事であるブランディングに携わるようになった。しかし、それまでは広報担当者がブランディングをしていた訳ではなく、一(いち)からの立ち上げとなった。

既存の概念にとらわれないブランディングをしたいと話すピーチの中西さん=17年2月28日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 「4月1日から私だけ広報から抜けてブランディングを始めました。ブランディングするんだ、経験したことないな、また最初からか、どうしよう、という感じでした」と、中西は入社して初めて広報の仕事に携わった時と同じく、ブランディングという仕事に向き合うことになった。当初は中西とブランディングを兼務する同僚の2人体制で、専任は中西だけの状態からスタートした。

 ブランディングというと、広告代理店時代のスキルがそのまま活かせるように見えるが、そうではなかったという。「広告代理店では担当する雑誌も、クライアントも決まっていましたが、ブランディングは最初から作っていくという違いがありました」と話す。

 では、ブランディングはどうやってきたのか。「現場など、いろんな人と議論して進めていくことにしました。ブランディングに対するベンチマークを設定するやり方もあったのですが、概念にとらわれてしまい、それだとピーチではない、ということになりました」と説明する。

 そして1年ほど水面下で準備を続け、2016年8月からは中西を含む専任2人と、コーポレートコミュニケーション部の部長の3人体制になった。この体制になる少し前の2015年冬、「シェアハピネス」をキーワードとして設定。現在は社内の各部署と連携し、社内外に向けたブランディングを進めている。

 広報での経験は、現在の仕事にも生きているという。「社内の人と話していると、どうしても社内思考になりがちですが、メディア目線でピーチを見るクセがついたのが、すごく役立っています」と、一歩引いた目線で自分の会社を見られるのは、中西の大きな武器になっている。

 「社内だけではなく、社外の目という両輪で走っていかないといけないです」と、ブランディングという仕事の位置づけを話す。

 「広報にいた時は、取材が入るといろいろな部署の人と相談していました。広報は、自分が正しく理解しないとメディアに答えられない部署だったので、紙とペンを持ってほかの部署に居座ってましたよ」と、自分が納得のいく理解ができるまでは、話を聞きに行った相手から離れない姿勢が、さまざまな職種の人とのつながりを作るきっかけになった。

見知らぬ乗客同士が話す機内

 就航から5年。次の5年間に向けて、中西はピーチをどのようにブランディングしていくのか。

那覇発バンコク行き初便の機内。見ず知らず同士で会話を弾ませていた乗客もいた=17年2月19日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 「ピーチのブランドはもともと“立っている”ので、ピーチらしいね、ピーチって面白いね、とお客様から言っていただけるところを伸ばしたいですね」と話す。「普通の会社になるのは楽だったり、受け入れやすいですけど」と、これまで以上に自社の良さを伸ばすブランディングを目指す。

 一方、ピーチは急速に社員が増えつつある。中西が入社したころと比べて9倍以上となる、約900人が働いている。近ごろ大手企業でよく聞かれるようになってきた、「インナーブランディング」も課題だ。井上CEOも、今後の成長に必要な要素として、「価値観の均質化」を挙げている。

 「入社年次の違いだけではなく、国籍も増えているので、目指すべき方向をしっかり一つにしていくことが大事だと思います」と中西は話す。「毎月入社式があるような状態の中で、企業文化を浸透させるのも、これだけの人数だと難しい。だからこそ、やりがいはあります」と、目を輝かせる。

 「ブランディングは外に発信しなければならないものですが、社員が理解していないとまず無理。絶対伝わらない。社員に理解してもらうことが、2016年度はメインの活動でした」と、本格的にブランディングを始めた2016年度を振り返った。

 ピーチは社内で懇親会「ピーチフェス」を開いている。社員がDJをするなど、各地で開催される夏フェスを意識したイベントで、屋外で音楽や食事を楽しみながら、社員同士の交流を深めている。こうした場を通じ、キーワードの「シェアハピネス」を知ってもらい、共感してもらうことから、価値観の共有を進めている。

「航空会社を自分たちの手で作るチャンスは、最初で最後」と入社を決めた中西さん。未経験の広報から始まり、社内外のブランディングを手掛ける=17年2月28日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 では外向けのブランディングはどうするのか。シンプルにするため、社内向けも利用者向けも同じ「シェアハピネス」で進めていくと話す中西は、「実はお客様はシェアハピネスをすでにされているんです。ピーチに乗った方がInstagramで共有されたり、機内で見知らぬ人同士が話したりと、会話が多いんです。だからこそ、シェアハピネスをキーワードに選びました」と経緯を説明する。

 未経験の広報で入社し、今はブランディングを担当する中西は、「航空会社を自分たちの手で作るチャンスは、最初で最後。こんな面白い舟は乗らなあかん、と思いました。初めてのLCCでしたし」と、入社からこれまでを振り返ってこう話す。

 「もしかすると、ピーチの機体がこういうデザインではなかったら、見知らぬお客様同士が機内で会話することも、なかったかもしれないですね」と、今の機内の雰囲気をさらに広げられるよう、今日もブランド確立に向けて奔走する。

(つづく)

関連リンク
ピーチ・アビエーション

特集・ピーチ井上CEO就航5周年インタビュー
前編 「プロ集団じゃないとLCCは成立しない」(17年3月6日)
後編 「ピーチ変わるな、もっと行け!」(17年3月8日)

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