被爆地表に生活の跡=広島市〔地域〕 – 時事通信

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形を保ったまま炭化したしゃもじと金属製の日用品=広島市中区の平和記念資料館

 広島市中区の平和記念資料館は、本館下で発掘した被爆時の地表の展示を始めた。1945年8月の原爆投下後に地表面に残った生活用品の痕跡を見ることができ、市平和推進課は「貴重な被爆資料」と位置付けている。2018年3月まで公開する予定。
 展示されているのは、市が15年11月~17年3月に本館の下を発掘調査して見つけた町並みの遺構の一部。焼けて黒い炭になった、しゃもじや金属製の日用品、ガラス片などを見ることができる。地表面は、縦約70センチ、横約104センチ、高さ13~18センチ分切り出し、表面が崩れないよう樹脂などでコーティングした。
 資料館がある平和記念公園は、原爆投下まで約1300世帯、4400人が生活していた「中島地区」の上に戦後、盛り土をして整備された。展示の地表面が発見されたのは、当時寺や幼稚園が並ぶ「材木町」と呼ばれる地域だった。

展示された被爆時の地表面=広島市中区の平和記念資料館

 爆心地から約400メートルという近距離にもかかわらず日用品が形を保ったまま炭化している理由について、調査を担当した広島市文化財団などは、建物が原爆の爆風で押しつぶされた状態で高熱火災に見舞われ、木材が完全に燃え尽きなかったためだと推測している。
 市平和推進課の担当者は「もともとあった平穏な暮らしが、一発の原子爆弾で破壊し尽くされたことが分かる展示。失われたものの大きさや核兵器の非人道性に思いをはせてもらいたい」と話している。(2017/07/18-10:34)

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