信頼あるから続けてほしい 【第17部】「老後」と呼ばないで<3> – 西日本新聞

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 財布から金色のカードを抜いて大野正夫さん(68)=福岡県福津市=が差し出した。「これが誇りたい」。自動車安全運転センター(東京)がドライバーに発行する無事故・無違反の証明書。しかも5種類の中で最上級の「スーパーゴールドカード」ではないか。

 20代から内田運輸(同県須恵町)で石油運搬車の運転手一筋。事故や交通違反はたったの一度もなく、その技術を伝授する「大野塾」があったほどだ。60歳の定年後も継続雇用されてきたが「若いつもりでも注意力が10から8になった」。ついにトラックを降りる決断をした。

 新しい職場は福岡市の油槽所。内田運輸が管理する石油などの貯蔵施設で、3勤3休の夜間保安員を務める。

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 7月の出勤初日。「よろしくお願いします」とかしこまってみたけれど、みんな元運転手で顔なじみ。63~70歳の7人のうち3人が出番で、午後4時半から翌朝7時半の電話番をする。交代で1人が起きておき、2人は仮眠できるから「昼夜が逆転するとに慣れるだけよ」。不安はなさそうだ。

 「訓練があるけんな」。先輩の岡本勝茂さん(68)に連れられて近くの消防施設に行くと、よその保安員も集まっていた。いろんな会社の油槽所が集まる地域のため、万一に備えて毎日訓練をしている。点呼、準備体操に続いて、高所放水車にホースを設置。手の位置、足の向き、全てが決まっているらしい。「放水準備っ」。腹から声を出し、きびきび動く姿に「動きを覚えるとが大変やな」。大野さんの顔が少しだけ曇った。

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 「昔は1人でしていた夜間保安員を、年がいってもできるように3人一組に変えたんです」と常務の小林直隆さん(58)は話す。高度成長期とともに会社が大きくなる一方で、毎年10人単位で定年退職してしまう。石油などの危険物輸送は「丁寧、確実」が大事だから、「ずっと一緒にやってきた信頼できる社員」が働き続けられる方法を探った。

 60歳だった定年は健康診断を年2回にして63歳に。別の業務にも移れるようにして、本人が望む限り雇い続ける。運搬車を手洗いから洗車機に変えるなど、機械やコンピューターで負担を軽くした。シニアにもできる仕事を洗い出し「日曜だけの電話応対」「シールの袋詰め」もある。今風に言うとワークシェア。現役世代の負担も減った。

 持ち分が終われば、早く帰っても定時退社と見なす。小林さんは「託児所の迎えは毎日した。学校行事も全部参加した」というイクメンの走りだ。「日曜祝日や正月は休めず、無理をお願いすることもある。だからこそ働きやすい環境をつくらないと、少子化でますます人が集まらない。会社のためでもあるんです」

 「社員に思いやりのある、この会社を誇りに思っとったい。だから恩返ししようって思う。メジナの釣りざお代も稼がないかんしな」と、大野さんニヤリ。
 政府は「働き方改革」に躍起だけど、まずは人を大切にしないとなあ。

 ▼変わりゆく定年 1980年代は「55歳定年」が一般的だった。平均寿命が延び少子高齢化が進んだことを背景に、94年に高年齢者雇用安定法が改正され、60歳未満の定年が禁止された。

 その後の改正で企業に定年の廃止か延長、継続雇用制度の導入のいずれかを行うよう義務付け、希望者全員が65歳まで働けるようにした。定年の廃止や延長は少ないが、企業の8割が継続雇用制度を導入。70歳以上が働く企業は2割を超えた。

 公務員は原則60歳定年だが、政府は65歳まで引き上げることを検討し始めた。また今年1月からは、65歳以降に新たに雇用された人も雇用保険の加入対象となった。60歳を過ぎても働き続けられる環境が着々と整えられている。

=2017/08/10付 西日本新聞朝刊=






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