働き方改革、残業削減だけでは失敗する – 日本経済新聞

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 「働き方改革」に関するニュースをメディアで見ない日はない。政府が最重要なテーマととらえ、2017年3月には「働き方改革実行計画」を決定した。多くの企業も、今、「働き方改革」に注力している。16年の電通の新入社員の労災自殺認定以降、「働き方改革」に関する潮目が大きく変わった。いわば、本気で「働き方改革」に取り組まなければいけないという機運が盛り上がっている。皆さんの会社でも、定時退社やノー残業デ-、テレワーク実施など働き方改革に関する取り組みが実施されていることと思う。

 日本は長時間労働の国である。これまで、働く人の時間は制限がないものと考えられてきた。「男性は仕事、女性は家庭」という性別役割分業に基づき、家に「専業主婦」がいることを前提に仕事は成り立っていた。企業は、そのような時間制約・制限のない男性を基準として従業員を働かせてきた。「長時間労働は美徳」という価値観や従業員に際限のないガンバリズムを強いる企業風土が生まれ、それが何とも痛ましい過労死や過労自殺を生んできた。だからこそ、長時間労働を是正する「働き方改革」はとても重要である。ようやく、日本は、「働く人の時間は有限である」と気づいたのだ。

 しかし、一方で、「働き方改革」に関する課題も見られる。残業時間削減といっても業務が減らないため実際は持ち帰り残業が発生していたり、会社からは「残業するな、売り上げも落とすな」と言われたりする。経営者側は、労働基準法違反にならないよう残業時間削減の旗を振るものの、本音の部分では、労働時間という資源が減ることで売上も縮減してしまわないかと懸念している。4月に発表されたロイターの調査では、新たに導入される残業上限規制の結果、事業に支障が出ると回答した企業が約4割に上っている。

 急ごしらえの「働き方改革」による弊害がそこかしこで散見される。いったい何をKPI(key performance indicator:目標達成のために見るべき指標)とすればよいのか、どの課題から手をつけたらいいのか、PDCA(plan-do-check-act:計画、実行、評価、改善の4段階を繰り返すことで業務を改善するサイクル)をどのように回していくのか、様々な混乱が生じている。

■「熱意のある社員」は6%のみという衝撃

 「日本は熱意あふれる社員の割合が6%しかおらず、調査した139カ国中132位と最下位クラスだった」――17年5月26日付けの日経電子版に掲載された米ギャラップ社の従業員のエンゲージメント(仕事への熱意度)調査の結果は、筆者には衝撃的だった。世界経済フォーラムが発表する男女のギャップを示す「ジェンダーギャップ指数」で、2016年に日本は世界144カ国中111位と過去最低のランキングとなったのだが、それよりも低い順位だったからである。会社に高い帰属意識を持ち、「会社人間」と称された日本の社員像は今や昔だ。記事の中でギャラップのジム・クリフトン会長は、「日本で60~80年代に有効だったコマンド&コントロール(指令と管理)がミレニアル世代には効かなくなっている」というコメントを寄せている。

 つまり、企業経営者がマネジメントすべき人たちのメンタリティーが変化しているのだ。家事・育児・介護という私的領域のタスクを「奥さん」に任せて仕事にまい進してきた人たちは、組織の中で少数派となった。片働き世帯数と共働き世帯数は20年も前に逆転し、その差は年々増加、今や共働き世帯は片働き世帯よりも427万世帯も多くなった(2015年)。若い世帯では共働きが当たり前で家事・育児を夫婦双方で担う。一方、介護と仕事の両立が問題となるシニア層は今後加速度的に増える。時間の制約や制限が生じる可能性のある「新しいマジョリティー」が組織の中で台頭しているのだ。

 一方、これから社会に出る若手層は、残業も転勤にも拒否感を持つ。日本経済新聞社の行った「就活学生100人アンケート」では、6割が「月40時間を超える残業はしたくない」と回答している(日経電子版2017年6月1日)。

 残業時間削減は重要であるが、単に時間を減らすだけでは解決しない様々な問題がある。新しいマジョリティーに即した人材マネジメント、労働生産性を上げる仕組みが必要になってくる。

■生産性向上には「エンゲージメント」がカギとなる

 「働き方改革は、労働生産性の改善の最良の手段であるとされていますが、しかし、労働生産性と働き方改革がうまく結びついているかというと疑問が生じます」と指摘するのは、我が国のリテンションマネジメント研究の第一人者の青山学院大学経営学部教授の山本寛氏だ。

山本寛青山学院大学経営学部教授。早稲田大学政治経済学部卒業。その後、銀行等に勤務、大学院を経て現職。博士(経営学)。メルボルン大学客員研究員歴任。日本経営協会・経営科学文献賞、日本労務学会賞・学術賞、経営行動科学学会・優秀事例賞など受賞

 山本教授によると、「働き方」改革とは、長時間労働是正のように「働く時間」など仕事の外形的、形式的側面を問題とするが、働く時間が短くなったから労働生産性が上がるというものではないという。

 「働き方改革で一番改善されるものは『働きやすさ』であろうと思われますが、それだけでは労働生産性向上は困難です。それと同様に、仕事の内容的側面としての『働きがい』が重要なのです。厚生労働省の調査でも『働きやすさ』よりも『働きがい』が業績に結びつく率が高くなっています」

 では、働きがいとは何で表されるかというと「エンゲージメント」だとう。これまでは、働きがいというと「モチベーション」という言葉と結びつけて語られることが多かったが、これは実は指標化が難しい。近年では、定量化、数量化され、国際比較も可能な指標であるエンゲージメントが注目されている。エンゲージメントとは、「会社の成長と自分の成長を結び付け、会社が実現しようとする戦略・目標に向かい自らの力を発揮しようとする自発的な意欲」である。つまり高業績につながる企業と個人の結びつきのことを指す。このエンゲージメントの向上こそが、生産性、売上高に影響を与えると山本教授は言う。

 しかし、エンゲージメントの国際比較を見ると、先ほどの米ギャラップ社の調査でも明らかなように日本は世界最下位ランクだ。Kenexa Work Trend Surveyによる調査を見ても、トップはインドで、日本は最下位になっている(2012年)。つまり、日本はエンゲージメントが低く、働きがいを感じる社員が少なく、「ぶら下がり社員」「中だるみ社員」が発生しやすい国と言わざるを得ない。

 「人は新しいことに挑戦したり、重要な仕事を任されたりして前向きな見通しが獲得できたときに働きがいを感じます。しかし、日本では仕事に停滞感を持つ人が多いですね。一部の仕事を除き、多くの仕事が3年でマスターでき、その後はマンネリ化が必至とも言われますが、日本の企業の場合、人員抑制や人手不足等により、多くの企業でジョブローテーションが停滞しており、一つの部署で長くいる塩漬け人材が発生したり、中堅社員や管理職は自分の能力を超えた過大な仕事が与えられて手一杯であるなど、働きがいを獲得できない状態が多く見られます」(山本教授)

 本来は働き盛りであるはずの30代、40代の男女の5割超が仕事に停滞感を感じているという調査結果もある。

■「働きやすさ」と「働きがい」両方を高める戦略と施策が必要

 では、それを改善するにはどうしたらよいのか。

 「トップマネジメントサポート(能力開発の重要性認識等)、メンタリング、ジョブローテーション、社内人材公募制度、副業解禁等が効果的だといわれています。人が働きがいを感じ続けるのは難しく、ぶら下がり、中だるみ社員は必ず生まれる。しかしそれを脱却しないとイノベーションも新たなビジネスモデルも生まれてきません。組織は次々と新しい施策、工夫を続ける必要がある。いろいろな施策を導入して常に新しい刺激のもとに従業員を置くことで、組織全体の働きがいは促進され、エンゲージメントは向上する。組織に望まれるのは、戦略的に施策を展開する努力だと思います」

 つまり、働き方改革のほかに、もうひとつ重要なこと――仕事のそのもの、仕事のあり方をどうするかという議論が抜けているのではないかということだ。

 ジョンソン・エンド・ジョンソン・グループは、16年に「人を活かす会社」(日本経済新聞社)総合ランキング1位になるなど、人材活用の先進企業である。同社では、長時間労働を是正し生産性・効率性を向上させること、場所や時間の柔軟性を高める新しい働き方を推進することはもちろんだが、実に様々な施策が「働きがい創出」に結びついている。有名な「我が信条」に基づく企業文化、部下に成長を促すリーダーシップスタイル、的確なジョブローテーション、若手の頃から社員に多角的なキャリア開発の機会を提供するなど、熱意あふれる社員を生みだす仕組みがそこにはある。

 日本の企業に重要なのは、高い帰属意識、貢献意識を持ち、働きがいを感じる従業員が組織に1人でも多くいることである。しかし、単に残業時間を減らすことを主眼に置いた「働き方改革」だけでは効果が限定的だ。「働きやすさ」「働きがい」双方に目を配らないといけない。そのためには、新たな経営戦略、人事戦略を策定することが必要である。メンバーシップ型からジョブ型への移行、職務の明確化、透明な評価制度、報酬、キャリアパス、キャリアコンサルティングなど、多角的なシステムの変革が求められる。

日経BP総研では2017年秋に「働き方改革フォーラム」を開始する。調査・診断で自社の「働き方」の課題を把握し、年間12回の先進事例研究会で自社に最適なKPI設定、行動計画策定などを行う。
詳細は http://business.nikkeibp.co.jp/nbs/nbsemi/workstylel2018/

麓幸子

 日経BP社執行役員。筑波大学卒業後、1984年日経BP社入社。2006年日経ウーマン編集長、2012年同発行人。2016年より現職。2014年、法政大学大学院経営学研究科修士課程修了。筑波大学非常勤講師。内閣府調査研究企画委員、林野庁有識者委員、経団連21世紀政策研究所研究委員などを歴任。2児の母。編著書に『女性活躍の教科書』『なぜ、あの会社は女性管理職が順調に増えているのか』(いずれも日経BP社)、『企業力を高める―女性の活躍推進と働き方改革』(共著、経団連出版)、『就活生の親が今、知っておくべきこと』(日本経済新聞出版社)などがある。

日経BP総研マーケティング戦略研究所(http://bpmsi.nikkeibp.co.jp)では、雑誌『日経トレンディ』『日経ウーマン』『日経ヘルス』、オンラインメディア『日経トレンディネット』『日経ウーマンオンライン』を持つ日経BP社が、生活情報関連分野の取材執筆活動から得た知見を基に、企業や自治体の事業活動をサポート。コンサルティングや受託調査、セミナーの開催、ウェブや紙媒体の発行などを手掛けている。

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