最先端がある「その場所」にいたい。 なぜなら、それが趣味だから。 – WIRED.jp

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立体的なデザインに関して、どれだけ綿密に打ち合わせをしてイメージが共有できたと思っていても、かたちになったときに互いの思いがズレていたことに気づく──。こうした経験は、誰にだってあるはずだ。こんなにテクノロジーが発展しているのに、ダイレクトにアイデアをやりとりしても合意を形成できない。その歯がゆさは、時代が進めば進むほど、ぼくたちの日常を苛んでいく。

そんな現代社会の難題にブレイクスルーを起こそうとしている人物が、DVERSE Inc.(ディヴァース・インク)を率いる沼倉正吾だ。彼は黎明期にあるVR(仮想現実)の潜在的な力を可能な限り引き出しながら、誰もが日々のビジネスの場で立体的な造形について簡単にやりとりできるソフトウェアを生み出した。さぞ硬派な人物だろうと思いきや、現れたのは「すべては趣味」と満面の笑みで言い切るフランクな男だった。種々のテクノロジーの“夜明け”を体験してきた沼倉は、肩の力を抜いたまま、時代の最先端を切り拓こうとしている。

コミュニケーションの道具としての仮想現実の可能性を、沼倉は信じている。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

──VRソフトウェア「SYMMETRY」の無償ヴァージョンである「SYMMETRY alpha」が世界的に注目されています。まず基本的な質問で恐縮ですが、どのような機能をもったソフトウェアで、何を目指して開発をされたのでしょうか。

優れた発想力と革新によって「新しい未来」をもたらすイノヴェイターたち。その存在を支えるべく、『WIRED』とAudiが2016年にスタートしたプロジェクトの第2回。世界3カ国で展開されるグローバルプロジェクトにおいて、日本では世界に向けて世に問うべき“真のイノヴェイター”たちと、Audiのイノヴェイションを発信していきます。

「SYMMETRY alpha」は、2017年2月14日に無料配信を開始したVRソフトウェアです。3DのCADデータを誰でも簡単にVR化して、ヘッドマウントディスプレーを使って立体的なイメージを共有できるんです。いまでは世界約100カ国でダウンロードされ、利用されています。

現状は建築やデザインといった分野で使っていただくケースが多いですが、そうした用途に限っているわけではありません。というのも、ぼくたちはビジネスの現場で立体的な造形物に関するアイデアやイメージを共有する際に、絵や図に描いたり、場合によってはCADデータをつくったりしますよね。それをクライアントや社内のチームに伝えて共有し、合意形成するプロセスは、今後も大きくは変わらないはずです。しかし、その伝達の過程では、どうしても齟齬が生じやすい。たとえば建築の現場では、設計図などでいくら説明しても、実際に建ててみたら「…何かが違う」といったトラブルがしょっちゅうあるわけです。

──立体的なイメージを直接的に共有できないために、合意に至ったはずなのに実行に移したらズレが生まれる。そういうことは、誰にでも身に覚えがある話ですね。

その「何かが違う」を未然に防ぐのが「SYMMETRY」です。既存のCADデータをVRデータに簡単に変換できるようになっており、かつ複数人で同じVRの世界に入ってイメージを共有できるようになっています。

建築なら、チームのメンバーやクライアントと一緒にVR空間に入り、すぐにイメージを共有できます。例えば「天井を50cm高くしてみよう」といった調整を、その場ですぐに試して、複数人で同時に確認することができるんですね。

「SYMMETRY alpha」で建築のCADデータをVRに変換した様子。ヘッドマウントディスプレーを使うと、この世界の中に“入る”ことができる。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

──先ほど体験させてもらいましたが、空間を実寸で体感できることのメリットは非常に大きいですよね。地面から離れた高い地点に立つと、足がすくむほどのリアリティーです。「この場所に机を置いてみよう」といったテストも、目の前に机を出してすぐに試すことができる。机の高さも実感できるし、机の下を覗き込むことだってできる。まさに“現実”の感触に満ちています。

緯度や経度、そして時間によって日差しがどのように変わるのか、といった設定も簡単にできますよ。操作も非常に簡略化していて、数分も体験すれば自由自在に扱えるようにしてあります。

現在は新しい技術に関心の高いプロフェッショナルのユーザーがほとんどですが、これからユーザー層が拡大していくことを考えて、ヴォイス(声)での操作も充実させていきます。人工知能(AI)に対応したスマートスピーカーが一気に広まると予想されるいま、ぼくたちはスマートフォンを使うときに指先で入力することすらわずらわしく感じ始めていますよね。ですからSYMMETRYでも、例えば「赤いイス」と話しかければ、すぐに赤いイスのCADデータを検索できるようにもしているんです。

いまはユーザーにプロトタイプを使ってもらい、試した感想や、新たに追加してほしい機能の要望などを聞いている状況です。そうしたフィードバックをいただきながら、さらにユーザーインターフェイスを改良していこうと考えています。例えば、スマートフォンの拡張現実(AR)機能を使って周囲の状況をスキャンして、即座にネットワーク上で共有できるような機能も実装しようとしているところです。そうすれば、地形をドローンで空撮しながらスキャンして、あとでVRでそこを訪れながらコミュニケーションするようなことも可能になります。ストリーミングでVR環境を配信して共有できたら、それは一種のテレポーテーションみたいなものですよね(笑)

つまり、VR技術を使っているからといって、競合するのはVR関連のプロダクトではありません。あくまでコミュニケーションのツールなので、皆さんが普段から使っているような電子メールや、Skypeのようなヴィデオ会議のソフトウェアとの競合になってくる。ぼく個人としては、マイクロソフトの「Office」のような感覚で、あらゆるパソコンに入れてもらえたらと思っているくらいです。だからこそ、データの閲覧に特化したヴァージョンは無償化しました。そのうえで、今後はデータの作成や編集機能があるヴァージョンを有償で販売することを考えています。

──VRといえば、まだ一般的にはエンターテインメントとしてのイメージに限定されているのが現状ですよね。その意味で、「SYMMETRY」で目指しているVRの活用法は、かなり先を行っている印象があります。一般的なビジネスでの利用を前提している点でもリアリティがある。

確かに、VRはまだ依然として黎明期にあるテクノロジーで、その利用もエンタメに限られがちです。実際、ぼくたちも当初はエンタメでの利用を考えていました。でも、現状ではハードウェアの性能に限界があるとも感じてしまったんです。それでは、VRにはどういった可能性があるだろうか──と考えていたときに、建築やデザインの現場で課題が山積みであることを知り、「SYMMETRY」のアイデアが浮かんだ、というわけです。

ぼく自身が遊んできたゲーム機にたとえれば、VRはまだ1983年の「ファミリーコンピュータ」登場以前、といった感じだと思います。ファミコンが出てきて、初めて「十字ボタン」と「A・Bボタン」の組み合わせがゲームコントローラーの事実上の標準になりましたよね。それまでもさまざまなゲーム機がありましたが、コントローラーの設計はバラバラだった。しかしファミコンの誕生以降、あのコントローラーが文化となり、定着していったわけです。

ぼくたちはこの一本化されたコントローラーのような、VRの世界におけるデファクトスタンダードを生み出したいと考えています。ファミコン以前にこうしたコントローラーを想像することが不可能だったように、VRにおける“ジャンプ”の地点がどこにあるのかを模索している状況ですが、おそらくヴォイスによるコントロールはその一端になるでしょう。

都心の住宅街にあるDVERSEのオフィスには、パソコンや最新のVR機器などが並んでいる。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

──現実的なビジネス利用を考えながら、未来に向けて発想を飛躍させてもいるバランス感覚が、沼倉さんの思考の核心にあるように思います。それはきっと、小学5年生のころにマイコンのゲームプログラムを自分で打ち込んで遊んできた実体験に根ざしているのではないでしょうか。すでに充実したテクノロジーが身の回りにある世代とは、根本的に発想が異なりますよね。

それはあるかもしれません。ぼくたち1970年代前半に生まれた世代は、それこそマイコンからファミコン、携帯電話からインターネット、そしてスマートフォンまで、多くのテクノロジーの黎明期に接してきました。そして、黎明期ならではの課題も、自分たちで体験しながら解決してきた、という実感があります。

いまでもよく覚えているのが、小学生のころに初めてパソコン通信を使ったときのことです。初めてチャットルームに入るときに、かなり躊躇したんですね。このチャットルームには先に2人が入室していて、会話しているらしい。そこに自分が入っていって大丈夫なのか、会話できるのか──と、30分くらい悩んだんですよ(笑)

意を決して入室したときに、「はじめまして」と話しかけられたときの衝撃はすごかったですね。その後13歳で、秋葉原で開催された「オフ会」にも参加しました。それからろくに学校にも行かず、通信で知り合った全国の“知人”を訪ね歩きました。SNSが発展したいまでは考えられないような驚きに満ちていましたね。ぼくたちはこうやってテクノロジーを体験してきたんです。

──SNSを使えば一瞬で返信できるのが普通の世代からすると、考えられない話ですね(笑)

本当にそうですよね(笑)。考えてみれば、ぼくは当時から「SYMMETRY」を開発している現在まで、ずっとコミュニケーションをテーマにしてきたのだな、とも気づかされます。テクノロジーの歴史にしたって、いかに遠くの人間と、できるだけスピーディーにコミュニケーションをとれるのか、という課題を解決するために発展してきたわけですよね。そうしたテクノロジーの集大成として、ぼくたちがいま取り組んでいるVRの技術がある、という気がします。

沼倉の原動力は、子どものころに体験したマイコンやパソコン通信など、常に時代の最先端であり続けてきた。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

──とはいえ、最先端のテクノロジーを探究するがゆえの苦労も多いのではないでしょうか。沼倉さん自身も秋葉原のショップ店員にはじまり、台湾の家電量販店運営や中国での玩具メーカー工場での勤務、そして帰国後のゲーム会社経営と、一筋縄ではいかない経歴を積まれてきました。ゲーム会社時代の末期には、ブルーレイディスクの技術を使った広告・映像配信システムの開発に携わるも、市場のDVDからの切り替えが進まず、倒産さえ経験されています。

山場は二度ありました。そもそも新卒での会社員の経験がないですから、台湾で家電量販店12店舗を任されたときはビジネスの常識さえなかった。「弊社」と「御社」の違いもわからなかったぐらいですから(笑)。ビジネスマン向けのマナー本を買って、電話のとり方から目上の人とのエレベーターの乗り方まで、そのときに叩き込んだ、という感じです。

友人と興したゲーム会社にしても、「プラットフォームを開発したい!」という強い思いにとらわれ、ソフトウェア開発で得た資金を新規事業開発につぎ込んでしまって…。結果として会社をつぶして自己破産してしまったので、DVERSE Inc.を起業するときは銀行から融資を受けることができなかったんです。どうしたら資金を確保できるか考えた末に、それなら投資家に出資してもらえばいいと気持ちを切り替えました。米国に本社があるのは、そうした事情もあるんです。

──まさに茨の道を進まれてきた印象がありますね…。

いや、でもまったく大変だとは思わなかったですし、いまでも思っていません。

──それは意外です。なぜしょうか?

それは「趣味」だからなんです(笑)。ぼく自身は小さいころからいままでずっと、趣味しかやってきていません。趣味を続けたいからこそ、ビジネスマナーから投資を受けるノウハウまで、すべて自力でも学んでこれた。

もし釣りが趣味だったら、いくら寒くたって楽しいから苦にならないでしょう? アウトドア用品メーカーであるパタゴニアの創業者、イヴォン・シュイナードの著書『社員をサーフィンに行かせよう』を読んだときも、我が意を得たり、という感じでしたね。趣味で海へ山へと社員が繰り出すなかで、アウトドアのウェアをはじめとしたプロダクトが進化していったわけですから。

ぼくがVRに取り組むのも、まったく同じような「趣味」の延長線上なんですよね。いまも最先端のガジェットは誰よりも先に触りたいし、遊んでみたい。さらにはその技術を、もっともっと多くの人に使ってもらいたい。その一心で取り組んでいます。

──アウトドア業界とVRソフトウェアがつながるのは驚きです。先ほど競合はVR関連ではないという話もありましたが、常に視点が“外”を向いていらっしゃいますよね。

「シンギュラリティ」という概念を提唱したレイ・カーツワイルにはいつも刺激を受けていますし、それ以外にもSF小説を読むのが好きなんです。17歳のころ、ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』(編註:SF史を代表する1977年の作品。月面調査員が死後5万年を経た人間の死体を発見したことに端を発し、人類の歩みの謎に迫る)を読み終えたときの衝撃は、まざまざと覚えていますね。最近ではグレッグ・イーガンの小説が大好きで、よく読んでいます。

沼倉は「コミュニケーションの未来」を、自らの手で切り拓こうとしている。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

──イーガンといえば、量子論も含めて硬質な科学的記述を特徴とする「ハードSF」の世界的な作家ですね。

彼が描いている小説の世界というのは、ぼくらがいま取り組んでいることの先、20〜30年後に問題になってくるようなものなんです。自分の意識がコピーされたり、デジタルの世界にもうひとりの自分がいたり──その世界において「自分自身」とは何なのか、といったテーマをずっと一貫して描いている。

そしてぼく自身も、いっときも早くそんな世界に入っていきたいと思っています。ぼくが技術の最先端に立ちつづけているのは、テクノロジーが「いまから自分を“コピー”できるよ」という段階に達したら、一番最初にコピーしてもらいたいからです(笑)。最初に意識をもつAIが誕生する瞬間に立ち会うことでもいいんですが、常に「その場所」にいたいんです。

──ずっと“最先端”を目指してこられた理由がよくわかりました(笑)

プロダクト名をシンメトリー、すなわち「対称」と名づけているように、皆さんの頭のなかで考えたアイデアやイメージを、そのままVR空間で相手にも伝えられるようにしたい、という思いで、いまは事業を展開しています。

最終的には、より広い意味での“共有”ができるようにしたい。絵や音楽といった、情緒的でアナログなアイデアであっても、コンピューター技術の究極の姿として、デジタルなテクノロジーのもとで伝えられるようにしていきたいんですね。そのときに専門的な技術はいらなくて、子どもでも簡単に思い浮かんだアイデアを相手に伝えられる地点を目指したい。

ぼく自身の欲求としては、誰かがつくったテクノロジーを自分が使うということではなくて、自分自身の手で生みだしていきたいんです。ほかの人がやったら違う未来が待っているかもしれない。でもぼくがやったらこうなる──。いつかそんなふうに、未来を“収束”させていきたいと思っています。






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