さあ黄金の10年がやってきた、何をしよう? – ハフィントンポスト

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2組の親子の物語を始めよう。

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アラフォー、働き盛りのビジネスマンAには妻と子どもがいる。 大学ではエンジニアリングの学位を取ったが、25歳の時にMBA留学をし、その後は一環してコンサルティングファームで顧客企業の戦略立案や買収案件のビジネスDD(デューデリ)などを行ってきた。 インドネシア・キルギスタンからコンゴまで出張で訪れた国は数えきれない。 30歳で結婚してから10年間、彼の最大の悩みはキャリアと家庭の両立だった。 彼がキャリアの悩みを相談する相手はMBA同級生だった妻ではない。 妻は「家族を最優先にした上で、あなたがハッピーになれる仕事であれば何でもいい」という非常にざっくりしたガイダンスしか示さないので、あまり細かい相談はしないのだ。 ブラック上司にパワハラを受けた時の上手な会社の辞め方から転職時の給与・待遇の交渉まで、とりわけ人間関係を中心とした現実的な相談はいつも70歳になった父にする。 地球の裏側に住む父とは、唯一話せる時間帯、朝の通勤のわずかな時間を縫って、何もない時は月1回ほど、転職活動中など相談がある時は週3回ほど電話する。 時によっては妻よりたくさん話しているかもしれない。

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アラフォー、3児の母のワーママBの生活は常に多忙である。 まだまだ甘えっ子の下の2人に手がかかり、7歳の長男は放ったらかしにすることが多い。 忙しい時に限って下の2人とケンカを始めるのでついつい一番きつく怒ってしまう。 長男はそれが不満なのが手に取るようにわかるが、とにかく手が回らない。 ある日、とある理由で1週間だけ長男と2人旅をすることになった。 初めての2人旅で、長男の成長ぶりに目をみはることになる。 重いスーツケースを運んでくれる、物事を頼むと1回で言うことを聞く、歩くスピードもいつの間にか大人並みになり、大都会の喧噪をはぐれないように手をつないで2人で歩くのが嬉し恥ずかしかった。 1週間の旅の間、声を荒げて怒鳴ったことは1度もなかった、自宅では10分おきにガミガミ言っているというのに。 2人の間を穏やかで静かな優しい時間が流れた。

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話はちょっと変わってイギリスでは、3歳児神話は聞いたことがない。 代わりに5歳までの就学前の乳幼児期、5歳から11歳までの小学校時代、12歳から19歳頃までのティーンエージャー期という区分が一般的だ。

とりわけ真ん中の小学校時代は、親にとって子どもの’the Golden Age’(黄金期)と呼ばれる。 その名も“The Golden Age of Childhood: The Elementary School Years”(子ども時代の黄金期:小学校時代)という本も出ているので(アメリカの本だが)、その紹介文から引用したい。

Children between the ages of six and eleven or twelve can take care of themselves in regard to eating sleeping and hygiene. For the most part they cause little trouble, listen well and most importantly; they like and admire their parents and want to spend time with them. Enjoy it, folks. Unfortunately, such admiration is short-lived, soon to be replaced by the uncomfortable but necessary distancing and disdainful scrutiny of every parental word in adolescence, which is just around the corner.

訳:6歳から11、12歳の子どもは食べる、寝る、歯を磨く、といった生活習慣における自分のことは自分でできる。 ほとんどの場合、トラブルを起こさず、親の言うことをよく聞き、何よりもお父さん・お母さんが大好きで憧れていて一緒にいたいと思っている。 よくこの時期を楽しんで。 残念ながらこの憧れはすぐ終わり、すぐにきまりの悪い、でも必要な、親から距離を置きたがり全ての言葉尻をつかまえる青年期に入る。

たしかにティーンエージャーの子を持つ友人からは「一時も目を離せない乳幼児期の疲労とは種類が違う、自分が放つ一語一句に気を使わなければいけない精神疲労がすごい」と聞いた。 その狭間にある時期が黄金期なのかもしれない。

また別の“Raising Boys: Why Boys Are Different”(男の子の育児:どうして男の子は違うのか)という本では、以下の前書きで始まる(骨子拙訳)。

乳幼児期はたっぷりの愛情と安心感を与える時期で少なくとも1人の大人と強い絆を結ぶ時期。 多くの場合、その役割は母親が担う(母乳以外は父親でも与えられるので父親でも可能)。

小学校期は思いやりや遊び心と同時に能力や技能を高める時期でバランスの取れた人間になるのに必要な時期。 幸せで情緒が安定した男の子になるのに重要な時期で、同性である父親が母親に替わって前面に出る必要がある。

ティーンエージャーから大人になる時期は一人前の男性になるのに必要な技能・責任感・自信を育てる期間。 親は一歩下がり、同性のメンター(先生でもチームのコーチでも近所のお兄さんでもいいが、道を示してくれる人)が必要になる。

日本語で「育児」や「子育て」と呼ばれる概念は英語ではParentingと言う。 訳すとすると「親の役割をすること」。 「育児」という言葉からは、子どもが一人前になり家を出ていったら終わることを連想させる。 そして「育児」=「しつけ」と同義に論じる向きも多い。 対してParentingは「親の役割をすること」なのでしつけよりも広い概念を含んでいるように思う。

冒頭の2組の親子の種明かしをしよう。

ビジネスマンAは私の夫、その父親はオーストラリアに住む私の義父である。 義父は1970年代にロンドンでMBAを取り、その後オーストラリアに帰ってジェネラル・マネジメント職でキャリアを積みながら複数の企業の経営者を歴任し70歳になった今も複数の企業の非常勤取締役を兼務しながら未来の経営者にエグゼクティブ・コーチングも行っている。 大企業内でのジェネラル・マネジメント職のロールモデルであり、そういう意味で夫がキャリアの相談をする適任者であるが、それだけでは今のような絆はつくれなかったろうと思う。

以前、私の子ども(義父の孫)のオムツ替えを頼んだら冗談めかして「人生でオムツ替えをしたことはない」を言われたことがある。 オムツ替えや離乳食をつくって食べさせると言った狭義での育児は、時代が時代だけに義母がやっていたのであろう(義母は中学教師だった)。 でも今の夫との関係をみて想像がつくように”Parenting”はやっていた、やり続けていた、そして今も続いている。 聞くところによると、オーストラリアという場所柄、長距離出張が多い義父はキャリアと家庭とのバランスを取るのにずっと苦慮し続けていたらしい。 いつの時代も、男性にとっても、ワークライフバランスは永遠の課題なのだ(*1)。

*1・・・参照:『イクメンの行方』『MBAの10年後』

2組目の親子、ワーママはBは私であり、冒頭の物語は去年末に長男と2人で東京に1週間滞在した時のことである。 余りに長男の成長が嬉しくて、2人でいる時間が楽しくて仕方がなかった。 最後に毎晩2人で同じベッドで寝ていたのは次男が産まれる前だから5年以上も前のこと。 初めての2人旅では、時差ボケで起きてしまった明け方に横で寝ている長男の寝顔を見ながらにやにやする、という蜜月のような毎日を満喫した。

子育てにおける「黄金期」の話は以前から知っていた。 その時は浅はかにも旅好きの私は子連れ旅行のしやすさしか考えていなかったので、全員2歳差で3人子どものいる私は「3人全員が黄金期にあたって旅が超ラクチンになるのは(下から)5・7・9歳から7・9・11歳のたった3年間しかないではないか!」と絶望視してしまっていた。

違う・違う・違う・違う・違う!!!

黄金期はもうすでに始まっている。 人生でたった1回きりの、ママやパパが大好きで、子どもが無条件にママやパパと一緒にいたいと思っている黄金期は私の目の前でもう始まっている。 私の黄金期は3年間なんかじゃない。 3人のうちいずれかが黄金期に当たる時期はおよそ10年間もある。

結局のところ、私にとって子育て、Parentingの目的とはひとりひとりのポテンシャルを開花させ、自立した、社会に貢献するひとりの大人に育てることももちろんある。 それ以上に、あらゆる人間関係の中で最も濃密な関係である親子という関係を生涯にわたって「絶え間ない幸せの泉」にしたいのだと思う(*2)。 そのためには、しつけに終わらない、夫と義父のような大人になってからも密に続く人間関係の構築が必要なのだと思う。 

*2・・・参照:『「絶え間ない幸せの泉」と「自分の周り」』

その絶好のチャンス、黄金期の10年がやってきた。 何をしよう?






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