シベリア抑留92歳の証言、記録動画に – 読売新聞

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 シベリア抑留を体験した東京都福生市の近田明良さん(92)の証言を記録する動画づくりを市職員が進めている。

 今月下旬、動画サイト「福生市メディアラボ」で公開する予定で、職員たちは「歴史の生き証人の声を後世に残したい」と作業にいそしんでいる。

 近田さんは東京・大塚生まれ。19歳の時に召集され、旧満州(現中国東北部)でソ連軍に連行された。その後はシベリアやウクライナの収容所で約3年間を過ごした。

 収容所での食料は拳より小さな黒パンや薄いスープだけ。みんなが栄養失調になり、多くが飢えや寒さで命を落とした。

 帰国後は、共産主義思想に染まっているのではないかと疑われ、職探しにも苦労したという。なんとか就職できた会社を勤め上げた約30年前、福生市に移り住んだ。

 近田さんは昨年の終戦記念日に、市公民館松林分館で講演。近田さんはそれまで、体験についてほとんど語ってこなかったが、ようやく口を開き始めた。

 その姿を間近に見て、「この一回きりで終わらせてはいけない」と感じた副館長の森田典子さん(49)が、インタビュー中心の動画をまとめることを提案。市のPR動画も作った秘書広報課の池田悟さん(34)に相談し、記録動画の制作を決めた。

 タイトルは「行き先も、分からずに~20歳の初年兵、シベリア抑留の記憶~」。2回にわたって行ったインタビューで、近田さんは時には涙をこらえながら、思いを吐露してくれた。

 その4時間分の映像を35分程度にまとめている池田さんは「つらかった思いを語る近田さんの勇気に応えられる動画にしたい」と話す。

 ナレーションは森田さんが担当した。「シベリア抑留と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか」「ここに、終戦後、長く苦しい強制労働に耐え抜いた1人の男性がいます」など、穏やかな声でしんに語り、解説を加えた。「近田さんの気持ちに寄り添って話そうと何度も練習して、収録に臨んだ」という。

 自らの体験談が動画として公開されることについて、近田さんは「多くの仲間が残念な思いで亡くなった。こんなに悲惨なことがあったのだと知る機会にしてもらいたい」と話している。

 ◆シベリア抑留=1945年8月の終戦後、60万人近い日本兵らが、旧ソ連により主にシベリアなどの収容所に連行され、鉄道建設などの重労働を強いられた。十分な食事を与えられない中での強制労働で、飢えと寒さで約5万5000人が犠牲になったとされる。






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